◆茨木神社 | (いばらきじんじゃ) |
鎮座地 |
茨木市元町4-3 |
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電 話 |
0726-22-2346 |
交 通 |
JR茨木駅下車東へ10分、または阪急茨木市駅下車、西へ5分 |
【御祭神】 | 素戔嗚尊、天児屋根命、誉田別命 |
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【由 緒】 | 茨木地方には中臣鎌足公の領地があり藍草を栽培したようで今に藍野、安威川、阿為の地名が残っている。鎌足公没後、遺体は直ちに安威の地に埋葬、後日大和国多武峯へ改葬されたといい、安威には鎌足塚と呼ぶ古墳もあり、また藍野一帯の村はすべて春日神社が氏神である。 当社は平城天皇の御宇(806)坂上田村麿が荊切の里をつくった時の鎮座と伝えられ、それは延喜式神名帳記載の「天石門別神社」である。爾来当地の氏神として栄え、楠木正成公が茨木城を築いて以来も代々の城主の厚い崇敬があった。元和8年(1622)社殿を新築、天石門別神社を奥宮に移し、素戔鳴命、天児屋根命、誉田別命を祀って本社とした。豊臣時代には茨木城主中川清秀、片桐且元・貞隆等が神楽料を寄進、徳川時代には藩主永井家や大坂城代等から祭礼ごとに参拝があった。明治5年に郷社に加列、明治42年にそれぞれ隣村の村社であった主原神社、多賀神社、皇太神社、事平神社を廃し、当社境内末社として祀った。 |
【宝 物】 | 後花園天皇色紙/後小松天皇十六首和歌1巻/茨木城主中川清秀奉納禁制札/大刀=銘村正 |
【例祭日】 | 10月10日 |