◆根尾 春日神社 | (ねお かすがじんじゃ) |
鎮座地 |
本巣市根尾神所折山550ー1 |
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電 話 |
0581-38-2108(宮司宅) |
交 通 |
JR大垣駅から樽見鉄道乗換終点樽見下車徒歩15分、また樽見行バスもあり |
【御祭神】 | 武雷尊、斎主尊、天津児屋根尊、姫大神 |
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【由 緒】 | 文化4年(1807)に記された『根尾惣杜春日大明神宝物略縁起来由』によると、人王60代の御宇、延喜2年2月(902)時の天子に索行芳しからぬ王子があり南都に居住していたのが、遂に美濃の奥に放逐されることとなった。この王子に侍従していた川口兵馬丞という者が王子を励まして春日本社に参拝、四所明神を分霊して神宝も取揃え「この三笠山春日の里に似通う所に四所明神と神宝をお祀りし王子と共に神に一生を捧げる」と言って南都を出発、根尾長嶋に着いたが、やや離れた神所村の小野島弥兵衛の案内により、結局その神所村がなだらかな小山続きで三笠の月を偲ぶにもよき地であるとして、ここに鎮座を決したという。 その後王子の子孫は根尾、徳山の領主となって根尾殿と呼び、南北朝時代には南朝の美濃における拠点として後醍醐帝に仕えたが、戦国末、離散して根尾にその姓を留めない。しかし藤原、川口、小野島の姓は神所に残っており、中でも小野島家は江戸時代小野島志摩守として当社に奉仕した。 |
【宝 物】 | 能楽束=5領、国重文指定、現在京都国立博物館にて保全修理中/能面=6面、室町時代/神額=春日大眀神、後醍醐天皇が根尾氏に下賜(伝)/社額=春日社永平蓬、永平寺六十四泄健撕禅師筆/釈迦十六善神像=1幅、室町以前/大般若経=永和4年(1378)、江戸時代雨漏り等により破損、大部分は石仏を作成し祀り込み焼却処分。現在数巻分を残す/懸仏3面/鍍金鋳造仏立像2軀/鍔口=1個、片面永享2年(1430)、片面元亀4年(1573)の年号 |
【例祭日】 | 4月14日 |
【祭祀】 | 元旦祭=1月1日/花まつり=旧4月8日/新嘗祭=11月23日 |